ライカなら三共赤坂店
ここでは、当店のスタッフが、ライカとの出会い、思い入れなどを書き綴ります。
デジカメの時代ですが、少しでもライカに興味をもっていただければ幸いです。
ライカとは?
ライカカメラ社の呼称、もしくはライカ社製造のカメラ自体を指します。

1913年に、技術者オスカー・バルナック氏のアイデアによりドイツ・ウェッツラーで試作型が誕生しました。
ムービーカメラ用銀塩フィルム二駒分相当である約24mm×36mmに露光する事によって画像を得て、引き延ばした印画の観賞を行うことを前提に設計された、小型高性能カメラのパイオニアです。
写真は、0(ヌル)シリーズ(1923年)です。
1931年にはエルマー(Elmar)35mmF3.5、エルマー(Elmar)50mmF3.5、エルマー(Elmar)90mmF4、エルマー(Elmar)135mmF4.5、そしてヘクトール(Hektor)50mmF2.5と基本的なレンズが揃い、ほぼ現在のシステムの基礎が確立されました。写真撮影家はかつての重い撮影機材から開放され、またこれまで撮影不可能であった暗い場所での撮影、広角や望遠での撮影も、小型の交換レンズを総て揃えても2〜3kgに収まるようになりました。
現存する全ての小型カメラは何らかの形で必ずこのカメラの影響を受けていると言えます。
いわゆるM3、M4、M6、MP、M7などが有名です。そしてレンズもまた特徴的です。
「味のある写真」が撮れるので、100年近く経った今でも人気のカメラです。
ライカをはじめよう
赤坂店スタッフ・神田橋助幸 2006.3記
はじめてのライカ、ということでお話をさせて頂きますが、私の場合は、皆様方と違って仕事の上で有無を言わさずに、 ライカとの付き合いをさせられました。
このカメラに出会う前は、1ドルが360円の頃ですから、今から約45年くらい前の事。
国産一眼レフ全盛の時代で、外国から来日されるお客様のほとんどがアメリカ人でしたが、その目的はカメラを買うことでした。
当時私は国産のカメラのことしか知らずにいたものですから、観光客相手に、国産カメラの販売だけに励んでまいりました。

その後、縁あって、現在の仕事でライカに出会ってしまいました。
正直言って当時は、良さはまったくわかりませんでした。
しかし、石の上にも何年で、ようやく最近になって良さがわかってきました。
------ 良さは、本当に言葉では説明できないものです。
ライカとともに過ごす時間、空間、そのものが、良さであるとでも申しましょうか。
そして、その良さは、付き合えば付き合うほど、にじみ出てくるものなのです。
とにかく、近所のカメラ屋さんへ行って、一度手にとって見てください。
バルナックライカでも、M型ライカでも、または一眼のライカでも、何でも構いません。
そしてそのライカと永い間付き合ってみてください。
そうすることによって、お客様も、私がそうであったように、手作りライカがいかに素晴らしいかがわかっていただけるものと思います。
大変長い文章になりましたが、以上が、私がライカに持っている気持ちです。
これでは「はじめてのライカ」という章の説明にはならないかとも思いますが、私のライカに対する気持ちをわかっていただければ幸いです。
お客様がよりよいライカに出会えるように、赤坂店スタッフ一同、力を尽くしたいと思います。

